LOAN(4)

前回までのLOAN……。
 
都市銀行でローンを組める可能性が危ういとは想定してなかった」
「借り入れ金額はすごい低いのにね」
地方銀行も考える?」
「無理。金利高いし、返済プランが私たちに合ってないよ」
都市銀行がダメだったら諦めるか……」
「それは地方銀行に申し込まないってことだよね? それだと、この一文に引っかからないかな?」
 
”但し、買主の故意または重大な過失により、融資決定の実現を妨げた場合は、この限りではない。”
 
「申し込まない、という行為が”融資決定の実現を妨げる”行為にあたるか、ということか……」
「もし引っかかったら、こちらの契約不履行になって手付金没収なうえに、仲介手数料まで払う羽目になってしまうよ」
「あー、都市銀行でOKがもらえてたら、こんなこと悩まなくていいのになー。都市銀行のプランならいけるのに」
「とにかく明日、その点を確認してから判を押すかどうか決めよう」
 
そして、契約の日、来る……。
 
【日曜日・午前10時】
不動産屋に入ると担当Hが出迎える。そしていつもの定型文。
 
「本日は貴重なお時間、ありがとうございます」
 
あまりにいつもいつも言うもので、最近はちょっと鬱陶しい。もう言わんでいい、と心の中で言う。
「今日は売買契約ということで、宅地建物取引主任者にも同席してもらって、契約における重要事項を説明しながらのご契約、という流れになります。そのあと、地方銀行の住宅ローンの申込書に記入していただくことになります」
 
そういった手順を踏むことはあらかじめ聞かされていたが、そこに至ってしまうとあとには引けなくなる恐れがある。なんとか昨日の疑念をぶつけねば、と思っていた矢先。
 
「それで、いままでのことで、何かご質問、ご不明な点などはありますでしょうか?」
 
きた。
ここで聞こう。このタイミングで聞こう。ここで聞かないともう判を押さないとマズイ状況になる。
 
「いや、実はちょっと確認しておきたいことがありまして……」
「はい(平静)」
「昨日、相談した結果、地方銀行のプランでは、返済し続けるには無理が生じることになりそうだという結論になりまして……」
「はい……(やや困惑)」
地方銀行のローンには申し込まないことにしようかと……」
「なる、ほど……(かなり困惑)」
「そこで確認なんですけど、その申し込まないという行為が、契約書のこの部分、この一文に、引っかかる可能性があるのかと思いまして」
「なるほどー。そ、そうですかー(目に見えて狼狽)」
「どうでしょうか?」
「そうですねー。引っかかると言えば引っかかりますし、かからないと言えばかからない、としか言えませんね。これはもう解釈次第ですから」
「そうなんですか!」
「この一文が一番適応されるケースと言うのは、審査期間中に別のローンを組んだり、サラ金を利用したりした場合なんですよ。そういう別の借金を作ってしまって、融資が受けられなくなる、というケースはございます。そういう場合は”融資決定の実現を妨げる”行為とみなされることが多いですね」
「なるほど」
「で、今回のご質問のケースがそれに当てはまるかというと、実際そういう方がほとんどおられないので、なんとも言えないですね」
 
それはそうだろう。いま、ほとんどの人が変動金利でローンを組むらしい。プランは長期での返済だから毎月の返済額は低くなるので、まず審査で落ちることもない。地方銀行金利でも、変動なら月々の返済はなんとかなるように思えるのだ。
しかし、僕らは完全固定で短期返済を考えている。そして、そんなプランは地方銀行にはないのだ。なぜか。それは銀行が儲けられないから。
 
それにしてもまぁ、”ほとんどそういう人はいないので何とも言えない”などという曖昧な回答では、とても契約などできない。
大丈夫です、なんの心配もしてません、という言葉を真に受けて、ローンについての打ち合わせをしてこなかったことが裏目に出てしまった。もっと具体的に、そして迅速にローンの手続きを済ましていれば、審査結果が分かった状態で契約に臨めたかもしれない。これは手痛いミスっ!
 
……なんて嘆いたところで状況は変わらない。
うん。今日は契約中止!
審査結果が分かるまで延期!
 
「そうですか。ちょっとそういう状況で判を押してしまうと、後の処理等で迷惑をかけてしまいますので、都市銀行の審査結果がはっきりするまで、契約は延期したいんですけど……」
「え、そ、そうですか。うーん、そうですねー。地方銀行でも金利優遇はあると思いますし、どうですか、今日このあとじっくりローンについては検討していただいて、夕方にでももう一度契約の場を設けるというのは?」
 
どうやらかなり延期の一言が効いたようだ。自分が意味のない提案をしていることにも気づいていないようで、その狼狽ぶりが見て取れる。
というのも、不動産屋に仲介手数料が発生するのは、契約書に判を押したそのあとだ。そのあと契約が成立しようが、契約不履行で白紙撤回されようが、仲介手数料は不動産屋に入る。なので、不動産屋は全力で契約に持っていこうとする。
しかし、住宅ローンについて不確定な状況のまま、契約するメリットは何もない。こちらとしては今日中の契約は、なんとしても避けたい。
 
「いや、金利優遇については、銀行窓口で直接相談しないと分かりませんよね、今日は日曜日だし。なので、今日中にはちょっと無理ですね。また、1週間後にでも」
「それも、そうですね……」
 
そんなこんなで、なんとか契約は回避した。
 
店を出たらすでに昼を回っていたので、とりあえずランチを食べて、僕の実家で「住宅ローンどうするよ会議」を開催。それでも、どう考えても地方銀行はないという結論にしか達しなかったのだけど。
 
 
そして、電話が。
 
 
「いま、売主さんに今日の件を報告したのですが、そのことでご報告が。契約日についてですが、1週間は待てないと。2日後の火曜日中にご契約いただけないのなら、この物件は2番手の方に話が移ります、とのことです」
 
 
なに……っ!
 
 
そ、そうきたかーーーーっ!
 
 
 
(つづく)
 
※次で終わる予定、です。